リハビリ

母は右大腿骨転子部を骨折して、チタン製の金属を骨折部に挿入する手術を受けました。
昨日は入院してから寝たきりだったベッドから初めて降りて車椅子に移って座りました。
術後の経過は順調そうで軽いリハビリが前日から始まったようです。

「起きていないと夜眠れなくなちゃうよ!」と看護婦さんに声掛けられても母は午前中は「疲労困憊!」とか言ってほとんど眠っていました。時々目が覚めても話す事は的を得ず 手術後からの惚けが続いていました。
 病室から
昼食を食べた頃から正気に戻ってきましたが、前日に自分で書いたメモ「神山さん」が誰の事か???
それはリハビリ担当の技師のお名前でした。「昨日は僕の事を山崎さんて呼んでいたんですよ。でも名前書いていてくれたんですね」「昨日神山さんに会ったの?覚えていない・・・」と母。前日は弟が付き添っていた事は分かっていましたが何をしたか誰に会ったかも全然覚えていませんでした。
 病室から
「疲れた!」と言いながらもベットから離れて座って見る景色は新鮮で母の身体も心も同時にリハビリ。
少しリフレッシュできたようです。
2011-07-29 : 母の事 : コメント : 2 : トラックバック : 0 :

母の手術

昨日の午後に母の手術は無事に終わりました。お若いお二人の医師により丁寧な手術だったようで予定より大分時間が掛かったので心配していましたが、術後の報告を伺い少し安心しました。
 
一昨日は仕事が休みだった私の二男と病院に行きました。その日は意識ははっきりとしていて手術に対しても前向きで、お正月以来の孫との再開を喜んで母はしゃべり続けていました。
 IMG1284.jpg

手術日の朝はウトウトと眠り続け目を覚ましても夢の中なのか話がかみ合いませんでした。
でも其れが却って良かったのでしょうか、手術も苦しくは無かったようで手術室から部屋に帰って来た時は一眠りした後のような感じだったらしく「皆で泊まってくれたの。すまないね~ありがとう」と兄と義妹(弟が仕事の為)そして私の三人の顔を見て喜んでいました。
「今は夕方の5時、これから夜になるの。手術が終わって今部屋に戻って来たところよ」「そう手術したの?」といった感じでまだ夢の中を往ったり来たりしているようでした。

兄に「もう大丈夫だから」と言われ、付き添いを任せて義妹と病院を後にしました。

「あまり頑張りすぎないでね。少しずつ頑張っていきましょうね。お母さん。。。」
2011-07-27 : 母の事 : コメント : 2 : トラックバック : 0 :

母の事

母の事では皆さまにご心配いをただきありがとうございます。母は「白寿までは逆さを見ないで(子供が先に逝くことなく)生きていたい」と気力を見せてくれています。

明後日26日に手術を受けることになりました。以前主治医から「心臓に問題があるので手術は・・・」と言われていたのですが、今回循環器の医師にも診てもらい手術のOKが出たそうです。

今日は夫が一緒に見舞いに行ってくれたので私は助手席です。母も落ち着きを取り戻し安心しました。
 IMG1261.jpg
最高級の特別室に泊まったのは私が行った最初の日の1日だけ。次の日には特別室の小さい方が空いたのでそちらに移動。そして今は整形外科病棟のベットが空いたので、そちらの4人部屋に移りました。

最初に入った特別室はその病院で最高の部屋らしく我が家のリビングより広く、大きなソファーにリクライニングの椅子とオットマン。バス・トイレに広い洗面所とキッチンが付いて冷蔵庫やオーブントースターもありました。クローゼットやキャビネットも大きくて液晶テレビも大型が置いてありました。
次に入ったのは特別室の一番小さいタイプ。部屋の広さは前の半分位。ソファーは無くリクライニングの椅子とオットマンだけ。キッチンも狭く・・・テレビも半分位の大きさ。でも両方の部屋には大きな絵が飾ってあり時計や家具も病室には見えない少し高級な物でした。

そんな部屋で母は自分の状態が把握できなくなり、入院した事さえ理解できないでいました。
整形外科病棟に移ったころから睡眠も取れるようになり意識もはっきりしてきたようです。

特別室では泊まりの付き添いが必要でしたが、一般病棟では泊まらなくて良くなったので家族も助かりました。全部の部屋を見てあまりの落差に兄嫁は「広い所から狭くなったので・・・」と。4人部屋でも広々した部屋で冷蔵庫もテレビ(母には必要ないようです)も個別にミニタイプが備えられ充分なのですが。。。母のお蔭でチョッと普段できない体験をしちゃいました。
2011-07-24 : 母の事 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

地図が読めない女

母の付き添いを兄と弟の夫婦が昨日と今日は遣ってくれているので私は娘の手伝いに行ってきました。

娘の家は里帰り出産中に東京の中央区から新宿区に引っ越しをしていました。車では何度か新居に行っていたのですが、今回電車で初めて行くことになり行き方も聞かずにGoogleで地図を調べてプリントして出掛けました。

地下鉄の駅を出て地図を出し行く方向へ地図を廻しながら・・・ドンドン歩いて行きましたが・・・
其れらしい町の名前も建物も見当たりません 曲がってみたり戻ってみたり「おかしいな~変だな~?」抜け道の無い迷路に入ってしまった感じです
お店に入って行き先の町名を訪ねると親切な小父さんが地図を広げて丁寧に教えてくださいました。
車で通った見覚えのある道にたどり着きやっと行き着きました

娘に聞くと「駅からは4.5分、信号は渡らない」「え?駅出て信号渡るんじゃないの!」駅の出口は確かめたのですが、其処から地図の見方を間違っていました 30分以上歩いたでしょうか

帰り道は近かった・・・♪ そして今日は信号を渡らずに「アレ?あったあった此の道」直ぐに着きました。
ところが、聞いていた美味しいケーキ屋さん「お母さんが信号を渡って行った方の道にあるのよ」
 ラ・ヴィ・ドゥース
今日は、近いというのでbabyを連れて娘と散歩がてらケーキを買いに行ったのですが・・・私は信号を渡って左に行くつもりでした。ところが右方向にそのケーキ屋さんは有りました。
地図を読めない上に思い込みの早とちりとは・・・本当に始末が悪いオバサンです。
2011-07-22 : 生活 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

好事魔多し

大型台風6号は何処まで行ったのでしょうか・・・。後から後から予期せぬことが起こるものです。
我が家でも・・・・・孫が産まれてお祝いをして母も落ち着いてきたと喜んでいた矢先でした。。。

雨脚が激しくなったり収まったりの蒸し暑かった19日の夜の事。夜9時過ぎに兄からの電話。母が
部屋で転んで骨を折ってしまい救急車で施設の方に付き添われて病院に運ばれているとの事でした。

ところが・・・ベットの空きが無く特別室(一泊31,500円)が空いているだけ。その部屋に入院することを承諾しないと診て貰えない。その上24時間の付き添いが必要!・・・と言う訳で「俺はもう酒を呑んでいるので運転できない・・・fumi今から行けるか?」「エッ!…分かりました。大丈夫行きます」
兄からの連絡を待ち、急遽手当り次第必要と思われる物を袋に詰めて出発したのが午後10時過ぎ。

付添って頂いている施設の方と連絡を取って「今から出ますので・・・」「この雨ですから気を付けて・・・」
東北高速道を順調に走っていたら・・・そうでした栃木県には彼方此方に大雨の警報が出ていました。
佐野インターから栃木まで通行止の表示・・・・・何でこんな時に・・・・・仕方ない回り道。。。

病院に着いたのは日付が変わって午前1時過ぎ。広い特別室に施設の方に付き添われて母はベットの
上で骨折(右足大腿部)した右足を台の上に固定され脚にワイヤーを通されて錘を下げた状態でした。

施設の方にお話を伺い付き添いのバトンタッチをして、母と娘の辛い眠れぬ夜が・・・・・。

夜が明けてカーテンを開けると、まだ外は雨模様。最高級の特別室はただただ広く不穏な朝でした。
 病室の窓から
午前中に兄夫婦が駆けつけてくれましたが、高速道の通行止めは昨日よりも長くなっていたそうです。

母は手術することに、でも病院の手術の予定が詰まっていて今週は無理。まだ手術日か決まりません。
これから母の怪我と病気の戦いが始まります。なでしこジャパンのように“最後まであきらめないで”・・・と
そんなこと思うのは・・・・・母に後どれだけの力が残されているのでしょうか・・・・・
2011-07-21 : 健康 : コメント : 6 : トラックバック : 0 :
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